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2009年12月04日

シリーズ「医学論争」 インフルエンザのウソ 後編



天然痘や小児麻痺についてはワクチンが世界的に普及したことによって、

ほぼ、病気の撲滅に繋がりました



いま私が「ほぼ」と言ったのは、

現在、天然痘ウイルスはアメリカとロシアの試験管の中だけにしかいないからです




万一このウイルスがテロリストの手に渡ってどこかの都市でバラ撒かれると、

コップ半分で何千万人も死ぬことになる


ウイルスや感染症をめぐる問題は、それだけデリケートなのです





我々は古来から細菌と共に生活してきました



特定のウイルスを人為的な力で撲滅しようとした時、

成功の傍らで、何処かで歪みが出来てしまいます





かつて日本では「はしか」「おたふく風邪」「風疹」の三種類が混ぜられたワクチンを

全員が摂取しなければならないという時代がありました。


その三種混合はおかしいと言われはじめ、今では予防接種を受けること自体、

義務では無くなっています




それまで日本中でやっていたことは一体何だったのか?



みんなが無批判に医者の言うことを受け入れている時に、誰も

「本当にそれは必要なのか」と、疑問を投げかける事はしなかったのか



インフルエンザワクチンに関しても、
よく高齢者や子どもは受けたほうがいいと言われているけどそんな事はありません


ワクチンを接種すれば重症化が防げるというデータも無い。



それどころかワクチン群による死亡数の方が多いというデータならあるのです。

名目上は心筋梗塞などで亡くなっているものが、実はワクチンの副作用だったというケース。



今や「石を投げれば老人に当る」ぐらい高齢者の多い日本で、

みなさんの周りでも聞いてみるといい。


ワクチンを打ったショックで死にかけた人は、一人や二人じゃないはずです。





こういう話の流れの中で、私は医者の言うことはまず疑えと言っているのではない。


ひとりひとりがもっと勉強しておく必要がある。



自分にとって正しいと思える医者の意見を選んでいく作業は困難かもしれない。

しかし知るべき教養が欠如していると、間違った意見に流されて損をしてしまうことになります




今回のシリーズ「医学論争」では、

「そもそも完璧な健康など存在するのか?」という疑問から出発して、

権威あるデータの真実を読み解くに至りました。




医療をめぐる最大の誤解は、我々が期待していることとは裏腹に、


医者は患者の本当の利益を最大に優先するのでは無く

自分達集団の最大利益を守るような方向に向かっているという事です




私達は権威に屈せず、根拠の無い意見に流されず、

己の道は自らが定め、進んでいく。



それは健康というトピックについても同じ事です




美味しいモノを、おいしく食べるために・・・





お身体についてご不安がある方は相談に乗りましょう




お薬は出しません笑



2009年12月03日

シリーズ「医学論争」 インフルエンザのウソ 前編



寒い時期になるとたくさんの人がインフルエンザの予防接種を受けようとします。


特に今年は新型がメディアのおかげで大流行したこともあり、
予約してもワクチンがまわってこない事態なのだとか・・・



しかし予防接種を受けたからといって

インフルエンザにまったくかからないとうわけでは、もちろんない



それどころか予防接種は受けても受けなくても一緒だということを

敢えてここで指摘しておきたいと思います。






インフルエンザへの免疫力をつける為には、

実は毎年打ち続けなければ効果は出ません



A型のワクチンだけを打っていても、

B型のインフルエンザが流行した時には罹患(りかん)してしまうからです



ワクチンではしっかりした免疫力がつかない為で、

だから今年も新型と季節型の両方の摂取が必要だと言われる訳ですね






インフルエンザに関するデータによれば、

毎年ワクチンを打っている人とそうでない人とでは、
最終的にインフルエンザに感染した延べ人数が同じになります。



どういうことかと言うと、

一度もワクチンを打っていない子が一度インフルエンザにかかると強い免疫力が生まれ、

その後、別型のインフルエンザにもかかりにくくなるのに対し、


ワクチン接種を毎年受けているような子でも不十分な免疫力では

どこかのタイミングでインフルエンザにかかる子が出てきてしまいます



そうすると最終的な罹患延べ人数はワクチン接種していようとしまいと、

トータルでの数は同じになる




ワクチンの力を借りるのではなく実際に自分がかかって得た免疫力の方が数倍強く、

抵抗力が一生持続したりするということですね




だから結局のところ、ワクチンを打とうが打つまいが変わらない。



少し乱暴な言い方をすれば、子どもは泥んこにまみれて遊んで、

ケガしたらツバでもつけて治しとけ笑





「いや、ワクチンを接種しておけば重症化が防げるんだ」

とか言う人の相手は、次回ちゃんとしてあげます





もちろんワクチン全てに意味が無いという訳ではありません





つづきは、




明日ぐらい・・・



2009年11月19日

シリーズ「医学論争」 定期健診は必要か



お医者さんが自分の病院の経営を大きくしていくときには、

億単位のお金を動かしてMRIなどの高度医療器機を導入します




そのMRIによる診断を定期健診のメニューに加えていくわけですね。




病院は高額のローンを支払わなければならないという事情があるから、

みなさんも言われたことがあるでしょう「また健診に来てください」って笑

(もちろん病気を早期発見するという善意の目標もありますよ)






ガン検診を受けて「何も異常はない」と言われるような人は、

自分の健康を再認識できてますます元気になるわけですから、
検診を受けた方がいいかもしれません笑




しかし定期健診による予防に限界があるのは誰の目にも明らかです




ガンにしろ高血圧にしろ糖尿病でも、日本では声高に

「病気を未然に予防する為に検診を受けるのだ」と叫ばれてきましたが、

早期に異変を見つければ治療効果があるということがきちんと確かめられたデータは存在しません



検査を受けて「アナタは末期ガンだから絶望的です」と診断されれば、

もはや治療は無駄なのでそのまま人生をまっとうするしかないでしょうが



成長するかどうかもわからない良性の腫瘍を切り取ったり

ちょっと血糖値が高いだけで大変な食事制限を受けたり

決まった時間にたくさんのクスリの投与を受けなければならないといった事が


健診を受けるリターンなのだとしたら、私は首をかしげてしまいます





医療業界に限らずどこの業界でも、都合の悪いデータはなるべく隠そうとするもので、

重要なことはとても小さく書いてあります


また、調べようと思ってもなかなか肝心なデータまでは辿り着けませんよね


さらに言えば医学論文はほとんど英語で書いてあるので、
論文を読む側に高い英語能力が求められるわけです




私は国立医大の授業を受けた同期生に
「定期健診を受けなければいけない根拠はあるのか」

と尋ねたところ「よくわからない」と言われてしまいました笑





究極的には、自分の健康には最後は自分で責任を持つしかない
ということでしょう






次回はインフルエンザのウソとホントについてでもお話しましょうか



2009年11月17日

シリーズ「医学論争」 子宮ガンは切らないで治す



たとえば体のどこかに腫瘍(ガン)が見つかり、摘出した上で完治すれば

「早期発見が大事だ」というような事が絶えず言われます




しかし検査によって子宮ガンが見つかるケースは、

交通事故に遭う確立より実際には低い。






子宮ガン検診で腫瘍が早期発見できる確立は1万人に3〜4人。



わずか0.04%の発見可能性の為に、

毎年多くの人が子宮ガン検診を受けます。




そのストレスや煩わしさとガン発見の可能性を天秤にかけたとしましょう。


仮に「アナタは子宮ガンです。命に関わるので摘出手術をするべきです」

と宣告された女性は、子宮を摘出した結果、子どもが生めない体になってしまいます




新婚の奥さんや独身女性の方にとって、
検診のご褒美が子どもを生めなくなる事だとしたら


あまりにも残酷なのではないでしょうか






2000年にタレントの向井亜紀さんは妊娠中に子宮ガンが見つかり、

出産を諦めて子宮の全摘出手術を受けました



「女性は恥ずかしがらずに産婦人科に行き、検診を受けてほしい」

と涙ながらに訴える彼女の姿が印象的でしたが、



しかし向井さんのようなケースは放っておいても、

腫瘍が大きくならなかったことが、後になってわかりました





ここで問題なのは、ガンが見つかったからといって

すぐ摘出手術をすることが臨床的に妥当と言えるかどうかという事です



向井さんの例を見てもわかる通り、

検診で発見される程度の子宮頸ガンの腫瘍はまったく大きくなってこない、

中には腫瘍そのものが消えてしまうケースすらあるといいます





統計的に解析すれば初期の子宮頸ガンの8割〜9割は大きくなることがありません。


仮に残りの1割のケースで腫瘍が大きくなったとしても、

9割の人は「切られ損」ということになっていまいます






私はリスクリターンやコストパフォーマンスの考え方について、

これまで実に多く語ってきましたが、
それはこの医療の現場においても例外ではありません




コストをかけてまで子宮ガン検診のストレスや煩わしさにさらされるよりも、

明確な自覚症状が出てから検査を受け、治療するようにした方が、

結果的に患者にとって得なのではないか






しかしなぜ病院ではこういう事態がしばしば起こるのでしょう



それには病院側の構造的な落とし穴があるようです



つづく


2009年11月13日

シリーズ「医学論争」 〜前おき〜



(心臓の悪い方は読むのをお控えください)



冗談です





世の中にある常識は「せいぜいそうあってほしい」という願望(レベル)に過ぎず、

いずれも正確な根拠が無い場合が多々あります




例えば事実として

ペットボトルのリサイクルは新品を作る時と比べて3.5倍も石油を使うとか、

分別ゴミは収集されたあとにまた一緒にされて燃やされてるとか、

鯨は人間の手で漁をして間引かないと海洋環境が崩れるとか、

割り箸はできるだけ使った方がいいとか…




絶対的な「善」と思って多くの人が取り組んできた「一般的なこと」は、

実態として誰も「その先」を見ていなかった。つまりはそういうことです。





「この世は漠然とした不安で人々を脅します」


等身大の不安を現実的にきちんと受けとめれるようになるまで、

長い時間を要しますよね・・・





2006年の10月にmixiで日記を公開してから、

その後ブログで更新するようになって3年が経ちました



皆さんに支えられて、これまでそれぞれの分野で事実とは全く新しい世界(真実)の呈示を、

完全に偏った私の価値観で語ってきたわけですが、


回を重ねる毎に読者の方が増えていってるのも、

「そういうところ」にあるのではと思っております






今回は医療業界におけるタブーに真正面から挑むという

至極まっとうな方法論をとりました



副題は「医療をめぐる誤解」といったところでしょうか



専門用語も余り使わず、これまで通り仕上げたつもりです



それでもわからなかったら、それはアナタの・・・






冗談です笑






それではまず、つづきをお楽しみに・・・




(このコーナーを、k・fに捧ぐ)



2009年02月01日

喧嘩必勝法 つづき



「なぜ喧嘩をする必要性が出てくるのか」



究極的には、言葉に信頼を寄せるからです

言葉に不信感しか抱いていない者は、喧嘩をなしえません



「我慢だけで何かが解決するなら、いつまでも我慢していればいい」




私がここでいう喧嘩とは、当然のことながら暴力や犯罪を含みません。

喧嘩には主として自ら仕掛ける場合と、仕掛けられる場合がありますが、
どちらが始めたかわからないような喧嘩は、常に不毛となります


そんなものはただの悪い習慣にすぎないのだから、
そのようなエネルギーはより良好な関係が近い将来展望できる相手とのみ交わすべきです。



良好な関係とは、

「やりたいことを、やりたい人と、やりたいようにやる」

を保証する関係性のことをいいます




しかるに喧嘩に100%勝つ方法とは、

「相手よりずっと広い視野と結末への見取り図をもつこと」に尽きます





「勝つ」から楽しいんですね



2009年01月30日

喧嘩必勝法



何もしないと悪化することが強く推定され、
かつ、その事態を避けたいと思う場合の非常手段としてのみ

大人の喧嘩はあります



事態を悪化させるだけなら、喧嘩にエネルギーを注ぐ意味などありません




もう随分、誰かと喧嘩をした覚えがありませんが、
稀に「絶対に喧嘩をしない」という主義の人がいます。


私の記憶が確かならば、「穏やかさを自認する人」ほどその傾向が強く、
残念ながら不作為の積み重ねによって多くの場合、

そういう人達は大切な友人やパートナーを失っていく・・・




喧嘩はいつも、どちらかが正直な感情を伝える、ということでスタートします


その能天気な正直さが関係を根底から破壊することがしばしばあるので、
「そこまでして改善に賭けたいのかどうか」を事前に自覚することが絶対的に必要です


たとえ先制攻撃をくらった喧嘩でも、ね




「喧嘩に必勝法はあるのか」



もちろん、あります。



それがまったく読めないような相手とは、喧嘩をしないに限ります


消耗するからね




では誰でも喧嘩に勝てるのか?



そんなこと、あるわけがない。



ならばどうすれば喧嘩に勝てるのか




それは・・・つづく


2008年09月24日

仕事をめぐる誤解 〜仕事と趣味の違い〜



仕事の種類は世の中に無数にあります、が

しかしその本質はひとつしかありません



「発注」と「納期」です



発注とは客からの「お願い」に対して
金銭の支払いが伴うことを意味します



例えば店頭で「これ下さい」と言われて売る場合も

客からの発注があったとみなしていい




納期とは「締め切り」です


○月×日までに車を納車するというのもそうだし、
ICタグの部品を1万個つくって納品するという場合も納期は厳守されます


時給制のアルバイトも「何時までレジを担当する」という納期が守られて、
初めてバイト代が計上されます



当然、決められた締め切りはこちらの都合で飛ばすことはできません

こちらの都合では動かないというのが仕事の前提です



つまり、すべて「キミの都合ではなく、相手の都合で決まる」

これが全ての仕事における構造的な本質です




このことを充分理解すれば「好きなこと」を仕事ができて、かつ
「自分の望むような形で仕事をする」のはそれほど難しいことではなくなる




要は、「アイツなら高くても仕方ない」と思われる人になればいい

それが出来ない人は

「注文どおりにやる」ことに専心します



学生の就職試験ですら、

アナタがどんなにそこに入りたいと望んでいるかとは関係なく、
会社側が「他の者たちを落としてでもキミを採りたいと思うか」にかかっていることを
忘れてはいけません



どちらが上で、どちらが下かという問題では無い



何の問題か?



「自分の望む形を維持する」というのは
それぐらい頭と時間を使うということです




例えば「締め切り」ということについては
我々は擬似的に何度も体験しています



そう。学校の定期試験がそうです



おそらく誰だって「明日の試験が延期にならないか」と思いながら

しかしぎりぎりになって「ああもっと早くにやっておけばよかった」

と言いつつ試験前に詰め込み作業を行うか、もしくは諦めたという経験はあるでしょう



そのような事態を戒める為に、
昔の人は「後悔先に立たず」と言い伝えてきました




「自分の望む形を維持する」というのは

究極的には「先を見通しておく」ということです



後で悔いることを先に立たず(先に済ませておく)ことはできない



自分のスキル(好きなこと)に自分で高値をつけ、
それに買い手がつくかどうか?


そしてそれが今後10年20年と将来を見通し、続けれるかどうか?



構造としてはたったそれだけのシンプルな話なのです




自分の都合だけでやれて、

究極的な締め切りも無く、

対価も支払われない営み・・・



それは仕事ではなく、趣味と呼ばれています


2008年09月20日

仕事をめぐる誤解 〜好きを仕事に幻想〜



「好きなことを仕事にできたら・・・」

そう考えなかった大人は、まずいません


しかし現実には
そうはなっていないようです


みんな諦めてしまったんでしょうか?



違います。



「好きなことを仕事に・・・」
という前提が、そもそも間違っているのです




好きなことを仕事にするのは無理!
と言っているのではありません

仕事にする以上、好きか嫌いかは関係なくなる。
と、言っているのでもありません



2つの異なったレベルの「好き」を、
ごちゃごちゃにして考えるから、議論が混乱するんです




わかりやすく言うとね、

例えばあなたは絵を描くのが大好きだとします


そしてそれを仕事にできたら・・・
と思っているのであれば、


一、1枚5万円で売れる絵をいつでも、何枚でも描けるのであれば、
あなたはその道で生きていけます


二、1カ月かけて描いた絵に、
たとえ1万円でも買い手がつくかどうかすらわからないようなら、
あなたは断念すべきです





「好きなこと」には2種類あります


それを仕事にできるかどうかの判断は
それ(好きなこと)が、

「充分な生活費を稼げるレベルかどうか」

だけを考えればいい



つまり、食える「好き」か、食えない「好き」か



歌手、ダンサー、役者、アーティストその他諸々・・・
自分の立場で置き換えてみてください

絵が次々と高値で売れるか
それとも絵の具代にもならないか

みなさんの場合はいかがか?




しかし社会に出ればわかるとおり、
好きでないことで生きる道なら無数にあります


「1カ月いくら」で、自分の労働力を売ればいい


実際、サラリーマンはみんなそうしてる




では、「好きなこと」を仕事にできて、かつ
「自分の望むような形で仕事をする」
にはどうしたらいいでしょうか?




もちろん方法がないわけではありません




それは・・・



2008年09月19日

仕事をめぐる誤解 〜サラリーマンを目指す者へ〜



アナタは将来、サラリーマン(やOL)になるつもりですか?



あるいは、もうなっている人は、いつまで続けるつもりでしょうか?



また、現在フリーターなど(非正社員)
の人にもお聞きします




正社員の生涯賃金は3億1000万円(大卒男子平均)だが、
フリーターのまま過ごせば6200万・・・

という事実を知った上で、
敢えてフリーターをやっているのならいい


「6000万円の家を建てれるのはどちらでしょう?」
と質問すれば、

答えは明白ですね




話を戻しましょう

ではサラリーマンは本当に安定した収入形態だと思っているのでしょうか?



仮に安定しているとします

だったら頑張っても頑張らなくてもほとんど変わらない
ということになります





机やテーブルは、たいてい4脚です

イスやカメラの三脚は、文字通り3本の脚で支えられています

しかし会社員は、原則としてたった1社としかのみ、
雇用契約を結べません


私にはこれをもって、
安定しているとはとうてい考えられそうもありません





海外で合法カジノの経験がある人ならわかると思いますが、

50枚のコインをバランスよく1〜2枚賭けていけば、
何時間でも遊ぶことができます


しかし50枚のコインを「一点賭け」して天に祈れば、
ものの数秒でゲーム終了です



サラリーマンとどこが違うのか?



少し言い過ぎたかもしれませんね

が、ここで重要なことはこれまで真面目にコツコツ頑張ってきた
周りの大人がバカだという点ではありません(時代が違うので比較になりません)


少なくとも家庭や生活の為に
最後まで勤め上げた人には敬意を表されるべきです


あのな。


週50時間、50年間働いて
「果たしてこれで自由といえるのか?」を
自問自答しながら、

わずかな退職金と共に会社から廃棄処分されるその日まで、
経営者と株主に献身するよき労働者として人生の大半を費やす生き方も
現代の若者にとってはいいかもしれない(いいわけねぇだろ)



言葉は悪いが・・・これを読んでいる若者になら言っておきます




キミ達こそバカ色に染まってはいけません




世の中の大多数の大人がそうだったからといって、
同じように生きる必要はない




自分の頭で考えてみろ





それが当面、最大の課題です



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