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2010年06月30日

アホらしくて泣けてくる その4



教養とは

「自分がどのような時代に生きているのか」を、知ることだ




だから、江戸時代の教養と、平成ネット時代の教養は違う


もっと言えば、10年前のマネジメントが、明日の管理に繋がるわけじゃない






教養を少しだけ身につけると、自分が特別な存在であるという錯覚がうまれる



だから「先生」とか呼ばれる(あるいは呼ばれた)人達の多くは総じて

アタマの痛い、勘違いが多い。



キミの会社にもいるだろ?自分が正しいと思い込んでるアンポンタンの、ひとりや二人…。





バカのまま自分だけエラいと思い込むのもいいかも?(いいわけねぇだろ)






が、もっと豊かな教養が身についてしまうと、

自分がいかにちっぽけな存在であるかがわかってしまう



これが教養をめぐる最大の矛盾だ。


この悩ましい矛盾を、どちらの方向で解いていくか






誰だって

「自分の小ささだけを理解する為に勉強するんじゃない」




矮小な自分を知らしめるのは、むしろ宗教の役割だった


神やその代弁者の偉大さを、これでもか、これでもか、というほど執拗に叩き込むのが宗教なのである







人間はおそらく、唯一「死を恐れる」生き物だ


その恐怖から逃れる為に、宗教は必要不可欠だった




死の恐怖を最小にするには、神の偉大さを最大化する(自分の小ささを強調する)のがてっとり早い。


「偉大なる神の意思として死を受け入れる」、的な…









キミの上司であり、雇い主であり、経営者であり、社長は、



とてもエラくて教養を持ち、鹿のフンほどの品格と蛙(カワズ)程度の権力を振りかざし、

しかも特別な存在で






どうしようもなく、ちっぽけだ










「もっと勇気を持とう」







『財貨を失うこと。 また働いて取り戻せばよい。

 名誉を失うこと。 また挽回すれば世の人々は見直してくれるだろう。

 勇気を失うこと。 この世に生まれてこなかったほうがよかったであろう。』


ゲーテの言葉である。





恋人のわがままや

職場の数多ある悪い習慣や

世の中の不条理を変えるのは



いつも小さな勇気だと思う








Fin


2010年06月22日

アホらしくて泣けてくる その3



もちろん

「ひとりひとりが自立したビジネスパーソンを目指す」

それ自体は別に悪いことじゃない




しかし社会人として一人前になる途中で厳しい職務?を果たす見返りに、少々ハメをはずす

という在り方が死滅し、全てが建前と正論で組織が運営されるようになるとどうなるか





会社の官僚化がおこる



官僚化した組織など、おもしろいわけがない







組織の中でハメをはずす道がなくなると、会社からドロップアウトするか

官僚化した組織の中でおとなしくしているかを迫られる



そういう場合に、キミならどうする?










こんな風に聞いておいて何だけど


お気づきの通り、この問いかけは設問自体が間違っている




これは二者択一と言って、ろくにビジネススキルの無い大人たちが

今もガンジガラメにされている古い発想法である



正しいか、誤りか。

イエスかノーか。

右か左か。革新か保守か…。






よく考えてみてほしい





中学校や高校、会社においても、必ず卒業(退職または定年)や、中退(転職もしくはリストラ)

という終わりがある。



若干余分に長くいることはありえても、全員が例外なく「外へ」出て行く。


つまり学校や会社は自己目的な場所じゃない。通過するだけだ。うまく利用すればいい。









およそあらゆる動物がそうであるように、親から子は「自立」しなくてはいけない。

しかし上述の通り、周囲の友人や会社の上司や先輩には、逆にたくさん「依存」できるのが賢い。



だから、こういう結論になる。





「平凡なヤツは会社にしがみついたほうがいい」




ただし負を転じて正にできるパワーの持ち主

(とんでもなく負けず嫌いとか、若い頃に自分で何かを創り上げたり達成したりしてきた者)


は、どんな選択肢でも構わない。





たとえ会社がつまらなくても、その内外で楽しいことをたくさん見つければいいんだよ



その「見つけ方」こそアイデアの源泉であり、アイデアをたくさん実行できる能力を



それは才能と呼ばれる








(次でラスト)





2010年06月15日

アホらしくて泣けてくる その2




「いじめは自治の問題である」


大人社会にも、地球上のどこにでもある





良いことじゃないけど、良いことばかりで社会を塗り固めようとした国がどうなったかは、

歴史を見ればいい



無菌室な空間に人を押し込めれば幸せになれるってもんじゃない。


滑らかな会話と美しい挨拶しか存在しないコミュニティは、不気味かつ、つまらないのだ







一方で子育てにおいても、学校教育においても、

たいていその目的は「自立」であると言われている



最近では会社においても「社員の自立」が叫ばれ、

せっせとイイ歳こいた大人に、更にイイ歳こいた大人が教育してるけど、


自分達の受けてきた教育自体に重大な欠陥があった事すら気付いてないのだから、やれやれである







毎日の研修が既に形式ばかりの馴合いだった、というバカげた事態に

いちいち目くじらを立てるほど俺はヒマじゃない。



彼らはいつだってそんな無駄をし続けてきたし、むしろ深刻なのは

このような諸々のバカげた事を、「人格の完成」とかいう偽善のもとに行ってきた点にある





「自立」の反対語が「依存」なのだから、

そもそも会社に「依存」している状態で「自立」なんてありえない




人格が完成した人を、西欧では「神」という


会社は従業員に神になれとでも言っているのか?(なれればいいけど)









「もっと依存したっていいじゃないか」





老後に詐欺のような年金と僅かな貯金と猿の額(ひたい)ほどの土地を持って

誰も訪ねてこない「自立した人」と、


短期的ならいつでも泊まりにいける知人や友人をもって「依存している人」と、どちらが楽しい人生か





考えなくても、わかるやろ







さらにつづく




2010年06月11日

アホらしくて泣けてくる (勝手に贈るエール「Y・Mへ」)




社内で問題が起きるたび


「いつまでこんな事をやっているのか」と思う事がある





会社がアホらしいキミへ…


仕事がおもしろくないのは、当たり前だ

(だったら人が良ければいいのかという別の問題は抜きにしてね)




学生の頃は自分が学びたいものがあればお金を払う

しかし社会に出ればお金を貰うんだから、やりたくない事だってやらなきゃいけない



こんな事はもちろん正論なんだけど…






考えてみれば70歳になっても現役バリバリという人らはスゴイ。

それなりに努力はしてるし、色々めんどくさい事だって起きる



ともかくこの「めんどくさい事」っていう重大欠陥のほとんどは、キミらのせいじゃない





だからここからは、猛る虎のように大きな声では言えない本当の事を書く。




黙って、読むように笑










幕末の頃、日本に「会社組織」というのは坂本龍馬がその前身を創った、

たった一社しかなかった



けれども今どき、企業寿命10年にも満たない会社がウヨウヨしている




「何事も先陣をきって道を切り拓いた人は誰からも尊敬された」





本当は社長である以上、従業員に尊敬されてしかるべきである


しかしそれを放棄して自分だけ高い給料を獲ているような輩は、クズだと言っていい






では今どき社長になるような人は何か素晴らしい人格を持った人なのか?


むしろ逆だ。



彼らは上司や組織に適応できなかったから、

起業「でも」するか、社長に「しか」なれなかった





もし周りの人生が「つまらない」と感じたら、

それは何かにつけ「妥協」しているように見えるからだろう


実際、そうかもしれないし、そうでないかもしれない




いずれにせよ、それはキミの人生にまったく関係の無い事だ



もう少し正確に言うと、

たとえキミの雇い主が尊敬に値しない人達だとしても、

それ自体を嘆いたところで彼らが急に変身してくれるわけじゃない。仮面ライダーじゃないんだから。





大事なのは、「そういうヤツ」の考え方なり生き方を、自分に伝染させないことだ


キミの悩みのエネルギーをそういう大人に対して降り注ぐのは、もったいない




つづく




2008年11月23日

シリーズ「怒りオヤジ」 まともな論議なき給付金と消えた年金編 つづき



さて、ゲームをしましょう



たとえば10人が集まって、ひとり1万円ずつ出そうと提案します


主催者が半分の5万円を貰って、残り9人がくじを引いて一等になった人には5万円!


もちろんこんなゲームに参加する人は誰もいないでしょうが、
これと基本的にはまったく同じ原理の宝くじは多くの人が買います



分母が7000万人になった途端、感覚が麻痺するんですね



以上は単純な数字のトリックですが、

目の前にある事実と、両耳の間にあるものを使って考えれば
物事の本質を見抜くのに特別な知識はいりません



必要なのは「普通に考える」ことだけ…



右へならえの経営戦略や人生設計の先にあるのは、
必然淘汰という名の破滅くらいのもんです



先日、私の近所に住むパートで働いていた年配女性の方は
3年後に支給される数万円の年金では生きるのに足りず、

家を投げ売って安い賃貸アパートに越されていきました



彼女は言う

「どうやって生きろと?」




定額給付金も、1万円貰った5年後に6万円とられる事実を知れば・・・


というかその前に、

1万円貰って喜ぶ人がそもそもこの国にどれほどいるのか?



小学生のお年玉じゃないのだから、

ラーメン屋に行ってカツ丼注文して
ティラミスが出てくるくらい間違っています



「合法的な選挙違反をしないでいただきたい」




完全に国民をナメ切ってるのはあの態度を見てればわかりますが、



麻生さんの政権動向に


今後も注目していきましょう



2008年11月20日

シリーズ「怒りオヤジ」 まともな論議なき給付金と消えた年金篇



「年金記録が2000万件以上も消えていた」というのは

脱力するほかないお役人の集団的犯罪です



彼らは今まで何をしていたのでしょう?



社会保険庁の業務を監視するために設置された年金監視等委員会の話によれば、

「この期に及んでも社保庁や厚労省の役人は1ミリも反省していない」のだと・・・




すごいことですね。




桝添氏に何かを言及するつもりははじめからありませんが、

注意義務やら責任などという以前に、そもそも通常業務として
この数十年間、役人は毎日いったい何をしていたのか・・・



正解は、マッサージチェア買ったり、ゴルフ行ったり、
調査と称して旅行したり、タクシー乗って飲み回ってたわけです





ここで角度を変えて指摘をすれば、

「国のシステムに依存する人生設計は余りにリスクが高すぎる」という事を

しかし敢えて言っておきたいと思います



システムとは当然のことながら、公的な年金制度だけでなく私的な生命保険も含みます




年金問題がマスコミを通じて騒がれる以前から、

「あれは国家的詐欺だ」と正確に見抜いていた人は、少なからずいました



現在は広く認知されたものの、それでも年金に依存した老後を前提にした納税者の
なんとも多いことには驚きますが…




「物事を正しく予測するためには

何か特別な専門知識でも必要だったのでしょうか?」




つづく


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