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2010年12月08日

ダダ漏れ主義が日本にもたらしたもの



余りに有名な吉田茂元首相の「バカやろう発言」(当時)から

仙石官房長官の「自衛隊は暴力装置」(2010年現在)まで、



与党の幹部として、
あるいは名のある政治家として、


カメラの前で「ダダ漏れ」してよい言葉遣いなのでしょうか?





そういえば国家機密レベルの情報(尖閣諸島衝突映像等)も
内部告発によって「ダダ漏れ」していました

(あぁ素晴らしきニッポンの守秘義務…)










この国では公務員はもとより、請われて委員に就いただけで

準公務員として「守秘義務」を死ぬまで課されます



2008年6月初旬のことでした。

「sengoku38」が守秘義務違反で話題になる今年11月からさかのぼること2年以上も前、


ある記者クラブの新人記者が、委員会の初会合で二度、
「守秘義務って実際には何ですか」と訊き、


そこに居合わせた数十人の公務員も、お偉い方も、

全員が誰一人として説明できないという場面に遭遇していました






日本では選考過程や、決定過程や、審議過程は、
ほとんどの場合、密室化されています


なぜなら、報じる側と、報じられる権力や官僚の側が、

完全なる「広報的お友達」だったからですね




例えばアメリカはヨーロッパの国々と同様、
施策や作戦が実施されたあと、公務員の守秘義務はありません





「まともなことを、まともに発言し結果を出そうとする者は、この国では不要」

なのですね



これを「官僚国家」と言い、「惰性」とも言います。








個々の官僚は優秀な頭脳をもちながら、何も考えていない。


何たら委員会やら諮問機関など、
そのための隠れ蓑にすぎず、アリバイづくりでしかありませんでした



議会に提出する分厚い資料の山など積み上げると20センチにも達するわけで、
あれほど生涯の目標として郵政改革の先頭に立っていた当時の小泉首相すら、

「(改革草案は)多すぎて自分は読み切れなかった」と、
うっかりテレビの中で「ダダ漏らし」ていました







つまるところこれまでドキュメントは、書物や放送であっても、
当事者(主人公)を善人に描くか、悪人に描くかしか方法を知らなかった、とさえ言えます。



この点において「小さなメディアの本音主義」が、
少しずつ世の中を変えてきていることは間違いないでしょう


フリー化(タダ化)する情報社会の中で、

ダダ漏れ日本がもたらすこの流れは、ますます加速するにちがいない






タダからダダへ・・・



おそまつでした









今日もケーライズ・アンバサダーにきてくれてありがとうございます



記憶に新しい「ダダ漏れ」にはこんなものもありました

柳澤氏「女性は子供を産む機械だ」
森氏「日本は神の国」
小沢氏「ニートの親は動物にも劣るといっても過言では無い」
鳩山(弟)氏「友達の友達はアルカイダ」
柳田氏「法相とはいいですね。2つ覚えておけばいいんですから」
円より子「アダルトゲームで青少年は心を破壊され、人間性を失う」

さいごは麻生氏 三連発
「下々の皆さん」
「婦人に参政権を与えたのが最大の失敗」
「アルツハイマーでもわかる」




おまけ
金正日「日本にミサイルぶち込むニダ!」

posted by K at 00:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 賢人の知
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