カテゴリ

2010年03月31日

自由からの逃走 〜主権国家の名のもとに その3〜




都心の公園にはホームレスのテントがずらりと並んでいる




その生活環境は憲法が保障する「健康で文化的な生活」からはほど遠いが、

生活保護どころか健康保険すらないまま放置されている。



なぜなら彼らは住所が無いので、行政の言う「社会的弱者」を証明する事が出来ない





行政のサービスは理不尽ではあるが財源に限りがある以上、

サンタクロースのようにお金を配って歩く訳にはいかないのでもっともでもあろう。




「官僚制の本質は非人間性である」


国家は国民を無差別に扱わなくてはならない





生活保護の申請を受け付ける際に自治体職員が

一人ひとりの「人間性」を判断していたら現場は大混乱に陥るだろう。


職員の善意や悪意とは無関係に、提出された書類に基づいて機械的に処理するのが正しい。




したがって国家は、母親のような愛情をもって国民の世話をするわけではない。


だからといって特定の目的(例えば戦争とか)の為に国民を監視し、

洗脳し、教育しているわけでもない。






国家もまた法人の一種だから人であって人で無いモノに過度な愛情や幻想を抱いても、

それに応える人間的な感情など持ち合わせていない



だからいずれは裏切られて落胆するだけだ





私達は国家のない世界を生きることはできない。


国家を否定し、革命を目指すのは自由だけど、

大多数の人は無政府主義を目指そうとは思わないだろう。





生き延びる為に成すべきなのは、

国家に依存するのでも権力を拒絶するのでもなく、


国家の仕組みを観察し、

理解し、

利用する事なのだ





つづく



posted by K at 00:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 賢人の知
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。